マティアス ゲルネ | インタビュー

メッセージは音に起因します。

私は一度辛辣な批評をもらったことがあります。批評家はその時、とても正確に聴いていたのです。彼は技術的なことを避難しました。軟らかな協和音と軽く暗い最後の母音−例えば、どちらかといえば明るく”kommee”と歌わなければならなかったところを、暗く”kommäh”という傾向で歌いました。しかしこの軽い強調は、私の歌い手としての根本的信念の基礎としています。この歌い方によって、軟らかいレガートで歌えるようになりました。私にとってレガートは、選択肢のない唯一の表現手段です。ただし、はっきりした”ノン レガート”は必要です。コントラストについては、私は他の方と比較するととても地味です。私の理想の響きはディートリッヒ フィシャー-ディスカウとは異なっています。

フィシャー-ディスカウは、極端な子音のコントラストを用いました。

この瞬間から、私はこれ以上続けることはできません。話の筋道がわからなくなります。喉をゴロゴロいわせ大げさな形で“r“を、そして”t”はとりわけ正確に発生します。それは針を刺すようです。この感覚はバラードやその他いくつかのタイプの歌では必要です。しかし、シューベルトのデリケートでか弱い作品「最初の喪失」例にとって話しましょう。もし私がこの歌の歌詞”Achch! Werr brringtt die schschönen Ttage, jene Ttage der erssttten Liebe..”をこのように歌ったとしたら、じゃまな響きとなり感情的破壊となるでしょう。

ゲルネ、あなたからの聴衆へのメッセージは言葉よりもむしろ音によってやって来ます。

私は表現しなければなりません。私は朗読をする必要は全くありません。朗読はある決まったテーマにのみ有効です。

歌曲の夕べの最終目的は何でしょうか。歌手は聴衆を思い通りにし、人々は感情と対決するでしょう。いつももっと珍しい感情があり、常に日常生活には滅多とない感情があります。私は、もし歌い手が私に、歌詞の意味を説明することを試みるなら気分が悪くなります。しかしそれに耐えられない人々もいます。おもしろいことがあります。私の歌のスタイルに対する見解に中間はありません。

資料: カレ ブルメスターとの対談でのマティアス ゲルネ。 インタビューの全ては、klassik-heute.de (09/98)に記載されています。強調の印は、オリジナルにはありません。


死ぬための全エネルギーで

マティアス ゲルネのシューベルトの「美しき水車小屋の娘」について

多くの有名な歌手によってシューベルトの「美しき水車小屋の娘」は演奏されています。究極のビーダーマイア様式に密着した伝統が確立されており、標準のイメージがそこにあります。:小さな小川、やわらかな芝生、若い青年、軽やかな足取りで、歌を歌いながら歩くその青年。-

途中には素敵な恋物語、そのあと、ともかく悲しい結果となります。それはシューベルトに関して言えば正しくないことです。シューベルトの作品にある疾風怒濤の人生の感情は、ビーダーマイア様式とは合いません。死に向かっていく人生よりもドラマチックなものは、そもそも有り得ないのです。

「美しき水車小屋の娘」は、悲劇の中での熱愛によって特徴づけられた人々の情熱的な生きる意欲の一つの道を示しています。この展開は、水車小屋の青年の完全に不条理で、妄想的な面が露出されています。もちろん、彼と水車小屋の娘の間の実際の問答はありません。彼は独り言を言っているのです。彼はナイーブなのでしょうか。この解釈で育っている私ですが、そうは思いません。私は、彼らの純粋な要求によって挫折しなければならない者として、水車小屋の青年のことを解釈しています。もし人がこの世界のことを、他者に全ての責任があり、自分ではもっとましな振る舞いをできないと考えるなら、常にただ投影するだけなので、そのあとは自殺という結果になります。

完全に絶望している者の最後。それは希望のある「冬の旅」と対照的です。もし彼がしばしば死神とのつながりをもたらされとしても、この歌の最後にある手回しオルガン弾きは、はっきりとした死ではありません。冬の旅は私にとって開放的な終わりなのです。この主人公は、水車小屋の青年のようにそんなに狂信的ではありません。彼は人生において、初めはとても情熱的ですが、その後穏やかで内省的となります。それに比べて「水車小屋の娘」では、全てあるかそれとも何もないか、ただそれだけです。

あなたは、エリックシュナイダーとの共演による収録の「水車小屋の娘」で水車小屋の青年の最後を歌っています。締めくくりの子守歌のために、あなたは通常6分間のところを9分間使っています。どうしてそんなに極端に異なるテンポで歌ったのですか。

私は、この収録の前に、コンサートでよくチクルスを歌いました。その演出はとてもゆっくりと形づくられました。最後に小川が死への決断を揺り動かします。青年は最後の一歩の前に恐れを取り除きたいのです。恐ろしく、誘惑的な状況です。演出はテンポを下げるだけでほとんど構成されました。もちろん、チクルスで3回発生するテンポ記号”適度に”を、私が様々に演奏することについて私を避難することは可能です。しかし、私はそれによって生きることができるのです。なぜならこの解決策が私にとって説得力があるからです。

資料: マンフレッド パプストとマティアス ゲルネの対談からの抜粋。

2003年8月31日日曜日にNZZで、事細かなインタビューがあります。Nzz.chの新チューリッヒ新聞のアーカイブで注文していただけます。